普段は鍵盤奏者4名が集まってひたすら音楽の話をしながら飲み食いする集い「鍵盤ジェダイ呑み」。この中からとてつもない企画が発案された。それはイエロー・マジック・オーケストラ(Yellow Magic Orchestra、以下YMO)が行った1978年、1979年頃の、主にワールドツアーでの演奏を再現するというもの。しかしこう書くと「すわ完全コピーの職人芸か?」と誤解する方も多かろう。実際はどうだったのか、これにはかなり詳細な説明が不可欠になる。通常の概要と主観的レポートに加え、発案からライヴ終演までの経緯も併せて数回に分けて書いておこうと思う。
その概要
田舎labo Presents YMひょ② SPRING MEETUP
KENBAN JEDI's Live "Public Beta"+「阪下教授の電気的音楽講座」
2023年4月14日(金)、15日(土)
会場:田舎labo(岩手県花巻市湯口字蟹沢13-1)
料金:1,500円(両日共通、FMラジオ受信機含む)
鍵盤ジェダイとは?
阪下肇之(電気的音楽講座講師 / Syn.)
1965年生まれ。音楽教師の家に生まれ、幼少の頃はクラシック、小学生の頃はカーペンターズにハマったまでは良かったが、中学生の頃にYMOにハマってからブラックミュージック・クロスオーバー・クラブミュージックなどにハマり、道を踏み外す。メディア技術は一通り経験する器用貧乏。
服部 暁典(電気的音楽講座助手 / Syn.)
1968年生まれ。音楽制作家。小学生のある日、テレビから流れる「テクノポリス」を聴き稲妻に打たれたような衝撃を受ける。以来多重録音による音楽制作に没頭する日々を過ごし続けて半世紀。様々な楽器を演奏するが現在は鍵盤楽器演奏に軸足を置き、生演奏と録音芸術表現双方の可能性を探る。
高橋 ごん(Syn.)
1969年生まれ。田舎labo所長。リーダーバンド『ささごんた』ほか、岩手県内中心にさまざまなアーティストの演奏や楽曲制作に携わる。YMOは小学生〜中学生の頃に人生がおかしくなるほどどハマりし今に至る。
北田 了一(Syn.)
1964年生まれ。高校在学中より数多くの演奏、製作現場に携わる。1995年横濱ジャズプロムナードジャズコンペティションに於いてグランプリ「オリジナル大賞」「横濱市民賞」受賞 2016年希望郷いわて国体開会式典前演技音楽担当 2020年ソロCD「IHATOV」を発表
阿部吉智(Dr.)
今回のライヴにサポートドラマーとして参加
STATEMENT
確か中学2年生の冬休みの頃だったと思う。
盛岡市の家電量販店の3階レコードコーナー。
いつものようにレコード物色しようとフロアに行ったら、大型テレビ(リアプロ)に人だかり。
聴いたことがないアーティスト、しかも日本人らしい…。海外でのライブ公演。
「なんだこれは?」
鍵盤弾きが複数に、変わった構成のドラム、巨大なモジュラーシンセ、テクニカルなギター。
それが「イエロー・マジック・オーケストラ」だった。
それから足繁く通い、多分30回は見ただろうか。
この家電量販店、エスカレーターの脇に「ダイヤトーン タテコン」が設置され、EW&Fの「Boogie Wonderland」12インチがヘビーローテション!同時にブラックミュージックの洗礼を浴びるファンキーな店舗。
それから1年…。盛岡市の老舗デパートが移転して、テナントのレコード店でも同じモノが流れ、ここでも20回は足止め食っては見まくる事となる。
それ以降の私と云えば、「シンセ狂いになるわ」「ロジック回路を構築する事になるわ」「シンセサイザーマニュピュレータで飯食うわ」「音響エンジニアになるわ」「映像編集業になるわ」…。
そっち方向に向く訳なんだけど…。
が、実現出来てない事。このモヤモヤ感…。
それは「YMO」という化け物を「自己消化」する事。
なんたってハードルは高すぎる。コストもかかる。
ただ、現在のハード、ソフト両面を利用するなら、なんとか実現できそうな気がする。
この40数年のモヤモヤ感…。
決着してやる。ピリオドを打つ。同じ事を思ってた同士と共に。
KENBAN JEDI's 阪下 肇之
2023年4月14日(金) 13:00-16:00
阪下教授の電気的音楽講座
実際にプロが音楽制作に使っているコンピュータ、アプリケーション、実機シンセサイザーを使った、音楽制作ワークショップ。YMOの『Behind The Bask』を題材に、各フレーズの入力から完成までを実体験。シンセサイザーを実際に触っての音作り体験も。
2023年4月15日(土) 15:00-17:00
KENBAN JEDI's Live "Public Beta"
YMOが1978年から80年にかけて行ったワールドツアーでの演奏を、当時アナログ機材のみで行っていた自動演奏制御、演奏者のモニターシステムまで含めて現代のデジタル機材を使って再現。
鍵盤ジェダイ呑みとは?
2017年から不定期開催されてきた呑み会……の形をとった研究会。あるシンセサイザー特有の機能について、SNS上で阪下と服部が熱いコメント合戦を繰り広げていたところ、双方と知り合いだった北田が「YOUたち、もう会っちゃいなYO!」と呑み会を設定。あまりの濃厚な音楽談義に感銘を受けた服部が、2回目から高橋を招集。毎度テーマを設定して研究会の態となる。2回目以降の会場はすべて阪下のプライベートスタジオ「Blue Sky Field Studio」で開催。毎回しゃべることに夢中になりすぎて、目の前の貴重な鍵盤楽器を誰も弾かないというパラドクスに陥っていた。開催実績と各回内容はこちらのエントリーに詳しい。
『ジェダイ』とは?
映画「スターウォーズ」シリーズの重要なキャラクター群。自然界に満ちる不思議な力「フォース」を自由に使い、人並み外れた動体視力と運動能力を持つ「正義の騎士団」。この達人ぷりが呑みメンバーの凄腕っぷりに重なるので「鍵盤ジェダイ」と服部が命名。
レポート#1
さて、以上のような概要で、南花巻温泉街入口にある田舎laboの狂熱の2日間は如何なるものだったのか。私の主観で書き留めておく。まずは初日の電気的音楽講座から。
阪下教授の電気的音楽講座 2023年4月14日(金)13:00-15:00
1982年8月10日から14日にかけてNHK FMにて放送された伝説的プログラム「坂本龍一の電気的音楽講座」※に倣った、コンピュータとシンセサイザを使った音楽制作ワークショップ。MacBook ProとDegital Performerを中心に、DAWによる音楽制作過程を阪下教授が詳細に解説。実際のMIDIデータ入力の一部は参加者が行う。またRoland JUNO-106、KORG MS2000Rの実機を準備。シンセサイザーの音作り体験も併せて行った。
※
当時22時台の平日プログラム「サウンドストリート」のスペシャル版。坂本龍一が火曜日を担当しており、「サウンドストリート火曜日のテーマ曲を作る」を命題に、クリックデータの入力からドラムを始めとした、生演奏/自動演奏のオーバーダビング、シンセサイザーの音色作り、ミックスダウン、そしてダブミックスまで作る過程を1週、5日間に渡って放送した。この放送を聞いて「多重録音」という言葉の実態を理解し、手持ちの楽器と機材で挑戦する若者が爆発的に増えた……はず。私もそのひとり。というか、この番組がなければ今の私は無かった。神プログラムとはこういうものを言うのだ。
阪下教授_L と服部助教授_R
私は「助教授」としてモデレータのような、ファシリテータのような、漫才のツッコミのような、大ざっぱに言えばアシスト役を務めた。いつか自分でもやってみたいワークショップだったので、阪下教授のお手並み拝見のつもりだったが、いやはや、下準備の大変さ、実機のセッティング(もちろんバラシも)を端で見ていて、「こりゃ気軽にやれるもんじゃないな」と痛感した。題材としてYMO「Behind The Mask」を取り上げた。ネット上にあったピアノ連弾用アレンジスコアを応用したのだが、緻密な打ち込みフレーズを過不足無く実音としてアレンジしており、たいへん助かった。
①オリジナル曲を聴いてみる
②フレーズをMIDI入力していく
③音色作り体験
④ミックスダウン
⑤完成版を聴いてみる
まずYMOの音楽をほとんど聴いたことがないという参加者がいてくれたおかげで、「音楽制作の楽しみを知る」という、そもそも意図していた、入門編的内容にフォーカスしやすかった。参加者によって内容や方向性が微変するワークショップ本来の姿であり、そうなったことが嬉しい。
さて参加者にひとりでも「YMOも良く知らなければコンピュータによる音楽制作もやったことがない」方がいるとなれば、こちらも腹を括る必要がある。DAWを使った音楽制作では日常的に使う用語の数々(シーケンス、クオンタイズ、デュレーション、チャンネル、トラック……などなど)や作業の実際を、ゼロからきちんと解説し、理解したことを確認しつつ進行する必要がある。だが実際にファシリテーションしつつDAW操作もしなければならない阪下教授に、そういう端々の解説は難しく、そこで初めて助教授たる私の出番となるわけだ。用語やシンセサイザーエディットのサポートだけじゃなく、DAWの操作内容を副音声的に同時解説できれば最善だったのだが、こちとらデジパフォは生涯で30分くらいしか触ったことがない。DAW機能解説が薄口になってしまった反省はある。
今回はピアノ演奏歴がある参加者がいてくれたので、MIDIデータ入力体験が充実したものになったのは幸い。「講座」とは名ばかり、参加者には内容にできるだけコミットしてもらい、話題と理解を深めるためのワークショップである。その点参加者3名だったのが惜しい気もするが、逆にこれが参加者15名だったら今回のような濃密な内容になったかどうか。「この日この時、この参加者だったからこそこの内容」という意味では100点満点と言えるだろう。阪下教授、おつかれさまでした。
Roland JUNO-106を使ったシンセサイザー音作り体験。でもJUNO、壊れていた……(泣)
文中敬称略
本稿中の画像はSNSに様々な方からアップされたものも含まれています。また掲載にあたり画角を3:2にトリミングしているものがあります。
レポート#2に続く