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試奏レポート2機種

カシオ CZ-3000とカワイ MP9500のインプレションレポート

· 機材

長いこと電子楽器を扱っていてそのことが周囲に認識されていると、思いがけないタイミングで誰かの不要となった電子楽器を預かったり頂戴したりすることがある。2024年はどうもそういう星巡りらしい。短い期間に2台の歴史的重要電子楽器を頂戴することになった。紹介しよう。

CASIO CZ-3000
ミュージシャンK氏を通じて、ある飲食店オーナーの私物だったものを引き継いだ。ボリューム類に盛大なガリノイズこそあったもののスイッチ類も鍵盤も不良箇所がなかった。1985年10月リリースとのことだから、すでに40年も前の機種なのにコンディションはAクラスと言えよう。大もうけである。

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CZシリーズ始祖CZ-101は84年にデビューしている。この当時フルデジタル方式のシンセサイザーはヤマハ DXシリーズとこのカシオ CZシリーズしか存在せず、FM音源 VS.PD音源などとユーザーは盛り上がっていた。正弦波のみを搭載しアルゴリズム選択と1ポイントのフィードバック変調だけで音色を作って行くFM音源に比べ、元となる8種の波形をまず選び、ピッチ、フィルター、アンプそれぞれに最大8ポイント設定可能なENVを搭載したPD音源の操作性は、アナログシンセでの音作り知識を転用しやすかった。ただフルデジタルだけあり特にフィルターの設定には独特のノウハウが必要にはなる。またデジタルなのにリングあるいはノイズモジュレーションを搭載していたり(併用できないのが残念だ)、2系統オシレータのデチューン機能など、フルデジタルとアナログの折衷案として程よかった。

だがそれらをひっくるめた操作性の話は実は重要ではない。カシオCZシリーズが出力する音の特殊性こそが最重要なのだ。あまりにも独特で抜けが良く、ライヴだろうがレコーディングだろうが、フェーダーをいくら下げても聴こえ続けるという意味では100点満点のシンセサイザーと言える。残念ながら重厚感こそ無かったが、これは恐らく当時のDAコンバーターの性能限界だろう。その意味では初代を除いたヤマハDXシリーズも腰の軽い音なのだから(ヤマハはTX-816など、FM音源機を何台もレイヤリングすることで無理やりそこをカバーする物量作戦に出ていた)。従ってCZシリーズ使いこなしのツボは、伴奏に使うのではなく、如何に耳に残るリード音を作れるかにかかっている。だから先兵たるCZ-101や1000はオシレータを2系統重ねると4音ポリ化してしまう仕様で、リードを担わせるシンセとしては必要充分なのだった。しかし80年代はようやくモノフォニック、デュオフィニック、4音ポリフォニックの性能限界を飛び越え、多声ポリフォニックであることが高性能シンセの証のように捉えられていたから、いきなり16音ポリを謳うDX7と比べると、CZシリーズが軽んじられたのはある意味仕方ない側面があった。後のCZ-5000,3000,1でようやくOSC2系統+8音ポリ化は嬉しかったが、前述のとおりPD音源の本懐はそこではない。2024年に改めてリード音に特化した変態シンセとしてセットに加えるなら、EQ、コンプレッサーやモデュレーション系、歪み系を咬ませて、あたかもギターのように扱うべきである。現にそれらエフェクターを加えるとnordleadもかくやの、実に攻撃的な音色でぶ厚いバンドサウンドの中でも埋もれない。不器用なので音色作りのバリエーションは少ないが、決して無能なシンセではない。舞台さえ用意してやれば2024年でも立派にフロントに立てるシンセなのだ。

カワイ MP9500
高校生の頃からの親友あにまる提供。筐体35kgのヘビー級。まず搬入自体が一苦労だった。Quick LokのZ型スタンドと純正サスティン・ソステヌートペダル、はめ込み式譜面立てなどもそのまま引き取った。フロントパネルには「Professional Stage Piano」とプリントされており、まずこの超頑丈な筐体はなるほど確かにと思わせる。

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出力される音色は64。半分くらいはアコースティック/エレクトリックピアノで、若干の鍵盤パーカッション、ドローバーオルガン、ストリングス、ヴォックス、ベース類も含まれる。細かい仕様は実は今もカワイ公式サイトにプレスリリースデータが残っているので、そちらに譲る。

さてこのMP9500、驚いたことに黒鍵が細い。指を載せるトップ部分で比較してみた。比較元は暁スタジオのメイン鍵盤として長年君臨したヤマハ S90XS。

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0.9mm弱

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10mmジャスト

着任以来時間を見つけてあれこれ弾いているのだが、特に指のエクササイズの際、キーによっては黒鍵から指が落っこちてしまう事態が発生。まさかそんなに腕が退化してしまったのか?と心配になったが、鍵盤の形が物理的に違うのではそういうこともあるだろう。弾きにくいとまでは言わないが、より正確な指使いをしないとミスタッチになってしまうのが恐ろしい。

もうひとつ。こちらは逆に弾きやすさ/弾きにくさに直結の問題なのだが、自分の知る限り、MP9500は電子鍵盤楽器としては発音のタイミングが遅い。これまたS90XSとの比較だが、鍵盤そのもののストローク量は両社とも大差ない。電源を入れていない状態で鍵盤をパタパタ弾いてみるとよくわかる。ストローク量も抵抗力もとても似ている。ところがいざ音を出すとMP9500はかなり鍵盤を押下げた段階で発音する。さらに鍵盤の戻り速度がS90XS比遅い。実演の場合この鍵盤の性格を乗りこなすには、自分が感じているジャストのタイミングよりも少し早めに弾き、気持ち早めに指を上げる必要がある。つまり自分のジャストよりも突っ込んで、かつスタッカートぎみに弾けということになる。正直これは弾きづらい。この鍵盤機構のチューニングを解明すべくあれこれ試してみた。システム設定でヴェロシティ値全体を軽めに設定してみた。が、単純にフィルターが開きやすくなるだけで発音タイミングに変化はない。音色に関係なくリリースタイムを早めに設定してみたところ音切れのもどかしさは若干軽減できたが、演奏のグルーブというものは音切れだけではコントロールできるものではない(音が切れるタイミングもグルーブメイクの重要要素ではあるが)。ふと思いついてMP9500とS90XSをMIDI接続し、MPの鍵盤でSを鳴らしてみたところまったく問題ないのには驚いた。遊びが少ない分S90XSの鍵盤よりも印象は上かもしれない。

ということは、カワイが自信満々で投入したAWAグランドプロなる鍵盤機構がこの弾きづらさの元凶ではないか。AWAについてプレスリリースには『カワイデジタルピアノPWシリーズに搭載している『AWAグランドプロ』を採用、弱打では鍵全域で軽やかに、強打ではアコースティックピアノと同じように低音側に行くに従って鍵盤の手応えが増す、よりリアルなピアノタッチを実現しています。』とある。この機構の積めが甘いのか、はたまた私の技量が足りないのか。難しく考えずにMIDIマスターキーボードに徹すれば非常に弾き心地が良くなるだけに、内蔵音源のドライブでだけ苦労するのが惜しい。

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アサインフリーなMIDI CC#コントロールノブが4つ。

MIDIメッセージだけでなくエフェクトのかかり具合、

4バンドEQ、単品音色プログラムの微調整が可能

見方を変えれば、「より正確かつ一定の指使い」の練習用鍵盤としてすごく優秀ということではある。もともと指のエクササイズ用のつもりで引き取った面もある。思ったより厳しい先生が担任になっちゃったと思ってがんばるのが良いのかもしれない。