2018年から延々と向き合っている新しいアルバムの制作作業がいよいよ佳境となっている。音に関する作業はマスタリングを残すのみで、商品化のためのあれこれがまだ残ってはいるのだが、ゴールが見えてきたとは言える。このエントリーでは、主にミックスダウン過程で苦し紛れに取った「アナログミキサー併用ミックス」が思いの外良い結果を生んだので、そのことを書いておきたい。
DAWの出力をステレオ2chにまとめるのではなく、ある程度のグループに分けて出力し、アナログミキサーを通して2chにまとめ、改めてそれをデジタルで録音する。なぜそんな面倒なことをするのかというと、今回収録するある曲で、ドラムの音色に試行錯誤し過ぎて、ベースとバスドラムとの分離がどうにもうまく計れない。またハーモニーを担当するパート(一般的なバンドで言えば鍵盤楽器とギター)も、トータルアレンジ無視で思いつくままオーバーダビングを続けた結果、お互いの居場所が狭くなってしまっていた。
このような状態になると、全体が飽和し、結果的に思わぬ細部がくすむような仕上がりになってしまう。これはDAWだろうがアナログMTRだろうが同じである。むしろDAWの方が飽和感や分離の悪さを感じやすい。CPUの処理能力やDAWの処理アルゴリズムが大いに影響していると思われるが、基本的にデータ劣化が起こり得ず、かつ演算だけでミックスするというDAW最大の特徴ゆえなのだと考える。こうなると決定的な解決策としては「アレンジやり直し」しかない。しかし前述のとおり、時間をかけ過ぎたオーバーダビングのせいで、あれこれ削るに忍びない。そこで逃げの一手として閃いたのがアナログミキサーの併用である。
新作アルバム収録曲9曲のうち2曲をこのデジタルアナログハイブリッドでミックスダウンを行った。アナログ回路を通すと具体的にどういう効果があるかというと、パラ出ししている素材同士の前後左右に奥行きが生まれ、分離が良くなる。ドラム(ステレオ)、鍵盤楽器系(ステレオ)、ベース、ギター、鍵盤ハーモニカで計7chとなるが、ドラムとベース、特にバスドラムとベースは処理しやすくなる。アナログミキサーの性能にもよるが、モノラルチャンネルで送出している素材の、パンニングによる分離もデジタル上のそれとは違う体感となる。それらの分離の良さを実感すると、そこにリヴァーブやディレイなどのエフェクト系(ステレオ)をどのように漂わせるか……という企みも湧いてくる。外部アナログミキサーを使ったミックスダウンは、DAW内部で完結するそれとは違う、別種のクリエイティヴィティを誘発する。特にミキサー側でのEQ処理やリアルタイムのフェーダー操作(当然オートメーションでは味わえない緊張感を伴う)などのフィジカルを伴う処理は作品の印象に影響がある。ここで特に書いておきたいことは、いわゆる専用機材としての「サミングミキサー」を使う場合、アナログミキサー側はあくまで信号を通すだけで、曲中での積極的な操作は行わないということ。私が今回行ったのは「サミングして送出した先のアナログミキサーでのミックスダウン」である。
アナログミキサーを通すことで素材の分離が良くなる(と感じられる)とは、単純に各素材の情報量がある程度取りこぼされている結果とも考えられる。そこにアナログ回路側の揺らぎというか、不可避のノイズが付加されることによって独特の仕上がりになる。それは情報量取りこぼし対アナログ要素の付加という相殺の関係ではなく、やはり「変質」としか言いようがない。あるがままに録り、あるべき音像で仕上げることを本分とするレコーディングエンジニアとしては、それは本来歓迎できない事象である。
だが少なくとも2曲のアナログミックスの結果、それは充分に音楽的に満足できるものだった。念のためDAWのソングデータを複製し、アナログでダメならやっぱりDAW内部完結で……と備えていたのだが、必要なかった。また一度は内部完結したミックスに不要な帯域のピークや一部音像の滲みを感じたものがあったので、改めてDAWのステレオアウトをアナログアウトボードで処理することもやってみた。これはいわゆるプレマスタリングというやつだ。アナログ回路上でのEQが奏功したようで、内部完結ミックスよりも風通しの良い仕上がりになった。
残念ながら「良くなる理由」をロジカルに説明できないので、誰にでもお勧めというものではないのが申し訳ないのだが、少なくとも私の環境では「良くなる曲」が確かにあった。8-16chマルチアウトが可能なDACと、信頼できるアナログミキサーさえ手元にあれば、その違いは誰でも実感できると思う。
本稿に記した手法に使用した機材は以下のとおり。
オーディオインターフェイス:Metric Halo 2882 3d、MOTU 2408MK3、SSL SSL2+
アナログミキサー:MACKIE. MS1402-VLZ
A/Dコンバータ:Focusrite MixMaster
オーディオインターフェイスを出たアナログ信号は1402へ。1402上でパンニングと極少量のEQ処理を行い、フェーダー操作も付加、フェードアウト処理も1402のマスターフェーダーで行う。1402のマスターアウトをMixmasterへ。マルチバンドコンプレッサー、EQ、リミッティング処理を付加してAES/EBUアウトから2882へ。最終信号の録音はMetric Halo MIO consoleソフトウェア。