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劇団鼠「かいこひめ」音楽制作ノート

信頼できる演劇人と作り上げる歓び

· 音楽制作

久しぶりに劇伴を作った。劇団鼠という新しい劇団の旗揚げ準備公演(Ver.0.9みたいな?)の音楽制作依頼をいただいた。劇団鼠の主な面々は女性ばかりで、かつての劇団OCT/PASSのメンバーである。私個人としては彼女たちがOCT/PASSの解散やご結婚・ご出産などを経てなお、表現の現場に戻ってきてくれたことが嬉しい。

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出演:岩佐絵理(SteamTV)、片倉久美子、キサラカツユキ(演劇企画集団LondonPANDA)、横山真(劇団丸福ボンバーズ)、鷺谷浩二、後藤晶斗、亀歩【ダブルキャスト】、χ梨ライヒ【ダブルキャスト】

一般:2,500円/高校生以下:1,000円/子育て割:1,500円
(日時指定なし・各回定員80名)
※当日はいずれも+500円
※子育て割対象者:妊娠中~小学生低学年までのお子さんを子育て中のお母さん・主夫 (保険証や母子手帳など、証明できるものを受付でご提示ください)
※【ダブルキャスト】11:00の回は亀歩、その他はχ梨ライヒが出演
※8月3日(金) 11:00、8月4日(土) 11:00の回は託児サービスあり(予約制、料金:500円/1人、満1歳児~小学校低学年)

舞台監督:鼠組
舞台美術:χ梨ライヒ
舞台技術アドバイザー:高橋裕介
助演出:横山真
照明プラン:松崎太郎
照明オペレーター:今野優大
音楽:服部暁典
音響:桜井楓
衣装:岩佐絵里
大道具:かあぺんたぁず
小道具:χ梨ライヒ、片倉久美子
制作:宿利左紀子、片倉久美子
情宣デザイン:仁部晃子
託児協力:子育て支援ARIママネット

服部の劇伴制作経験のほとんどが、劇団OCT/PASSでのものだ。主宰者の故石川裕人さんには本当に良くしていただいた。以前も書いたが、私の劇伴はト書きに従って演出家の望む曲調のものを書くことはどんどん減っていった。裕人さんの書いた脚本を、私は音楽家として解釈し音に変換していった。「ここにこういう音(音楽)が欲しい」と言われても、額面通りに作らなかった。物語の前後を読み、登場人物の心情を想像し、「それならむしろこういう曲じゃないですか?」と提案するよう心掛けた。だから指示にない部分を想定して曲を作ったり、反対にどこに使うのかわからない曲をどんどん作ったりした。演出家と音楽家の解釈にズレがあっても良い。むしろそのズレこそが重要だ。演出家・役者・スタッフが稽古場でそのズレた余白を思い思いに埋めていく。その「解釈の複層化」を演出家が最後にまとめる。そうやって舞台に乗せた芝居に、最後は「観客の感想」という層が重なって芝居は完成する。演劇・芝居は立場の異なる人たちが、一生懸命自分化し共有化していく努力の果てに一瞬だけ立ち現れるものだと思っている。

もっともそういう大言壮語を面白がってくれる演出家ばかりだとは限らない。劇伴未経験の服部の生意気な戯れ言を鼻で嗤わず、面白がってくれる度量の広さが裕人さんにはあった。私はラッキーだった。私も主宰者の故石川裕人さんに目をかけていただいたひとりなのだ。

そういう裕人さんと演劇を作っていた面々との久しぶりの現場である。脚本を渡され「やってもらえるか」と問われた時、即断即決で「やる」と答えた。オレがやらねば誰がやる、である(笑)。

「かいこひめ」のあらすじを書くことはここではしないが、現代の人間模様を女性の目線でデフォルメした少々ブラックな話だ。もちろんところどころにクスリと笑える場面もあるが、むしろブラックな面のスパイスになっている。今回の劇伴として制作した7割りくらいは服部の提案型。初めて読み合わせ(まだ身体を動かさず、脚本を読み合う稽古)に参加する時にメインテーマのようなものを作って持っていった。幸いそこでGOサインが出て、調子に乗っていろいろ作った。

●メインテーマ
「共依存」のテーマ。何事もなければ平和だが、いったん歯車が狂うと修復不可能。試作版をピアノソロで作るくらいメロディそのものはシンプルなもの。「オルゴールのような」というオーダーがあったので、劇中で使うバージョンは金属系の音色で演奏し、かつ徐々に不協和音が入り交じる、嫌ぁなムードにした。また劇中のカタストロフィのような場面を想定して、ノイズを乗せたり音を歪ませたバージョンも作った。

●コミカル
場面転換やト書きに人形劇やアニメのようなコミカルな演出を施すための曲。ところが稽古に参加できていなかった私は、その演出決定のプロセスを知らなかったので、「コミカルって言われてもなー」と頭を抱えた。演出の宿利(しゅくり)さんから出されたいくつかのキーワードに従ってあてずっぽうで書いたのだが、幸い解釈は当たっていたようだ(笑)。この曲の製作過程で特筆すべきことは2点。ひとつはホイッスル。そんなもの持ってないので、かつて高校の修学旅行のおみやげで買ってきた「篠笛もどき」を吹いた。調子っぱずれなところがむしろドンピシャ(笑)。もうひとつはパーカッション。そもそも楽器の名前がわからないが、ウッドパネルを叩くような、スネアのリムショット系の音。初めはサンプルであれこれ作業してみたのだがどうにもしっくりこない。リビングのイスの背中をドラムスティックで叩いてみたらぴったりだったので、それを収録した。

●サーカス
劇中1、2を争うブラックな場面の演出をサーカス風にというアイデアは最高だと思う。が、これも演出決定のプロセスを知らないで作った。サーカスの音楽と言っても、昨今はもっと現代的な曲を使っているだろう。私が想定していたのは昭和50年代、映画「男はつらいよ』シリーズでサーカスや旅芸人を描くとしたら…。このシーンは主人公たちのつらい生い立ちが初めて明かされる場面で、初めは快活に始まる曲だが、後半どんどん不協和音が発生する…というアイデアはメインテーマと同じ。ちなみにこの曲を仕上げたあとに映画「道」を初めて観た。1950年代のサーカスのシーンではもっと粗野で強いメロディーの曲をニーノ・ロータが書いていた。服部の作曲の方向は間違ってなかったことがわかった(笑)。

●YOKOMAKO
横山真さん演じる風俗店の店長というのが傑作だった。読み合わせの席で、役者によって役が生きてくる瞬間を目撃した思いだった。この風俗店の店内BGMは脚本にはまったく想定されていなかったが、こういうお店にきっと流れているであろう「何の思想もないEDM系の曲」を勝手に作った。今回の劇伴の中で一番気合いが入った曲である(笑)。しかも音響プラン+オペレートの櫻井楓さんが見事な音演出を見せてくださった。入店直後の大音量、個室に入ってドア越しに漏れ聞こえる籠った音。確かに稽古場でそんなイメージを語ったが、まったく想定通りの演出を施してくださった。最高。そしてこの曲を従えて全力でチャラ男を演じる横山真さんもまた最高だった。横山さん由来の曲なので、タイトルは彼の愛称にした。

●Atmosphere
友人からシンセサイザーをもらった。そんなバカな?いや本当の話だ。興味深いプリセットを見つけ弾いているうちにひらめくものが。すかさずインプロヴィゼーションを録音してみた。試しに宿利さんに託してみたら、劇中(私には)意外な場面で使われていた。演出家の想定しない曲を、作曲家の想定しない場面で使うことで、本当に「意図の無い」、ただ雰囲気を補完する曲というか、音になっていた。ちなみにそのもらったシンセは、この曲を録音した直後にぶっ壊れた(笑)。

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本当に本当のことを言うと、芝居にはできれば生演奏で参加したい。ちゃんと舞台上の役者と呼吸を合わせて演奏を初め、終らせたい。しかし当方の生活の諸事情から、稽古初期から参加して芝居をいっしょに作っていく余裕はなく、またこちらの頭の中で鳴っている音楽を最適なアンサンブルで演奏する方法にも相当な工夫が必要で、今まで一度もチャレンジしたことがない。いつか機会があれば…と思う。

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幸い「かいこひめ」は大好評のうちに幕を閉じた。彼女たちの力強い次のステップに心から期待する。おつかれさまでした。